バターサンドの魅力は、濃厚なバタークリームとサクサクのサブレだけではありません。その中心で輝きを放つ「フルーツ」こそが、商品の個性とターゲット層を決定づける重要な鍵を握っています。
なぜ定番はレーズンだと思われているのか? なぜ今、多様なフルーツが使われるのか? 今回は、フルーツの「製法」「香りづけ」「産地」に着目し、職人がどのようにして特定の味わいを演出し、ターゲットの心をつかんでいるのかを解明していきます。
これを読めば、「このフルーツが好きだから」と選んでいた目線から、全く違う上級者の選び方に変わると思いますので、ぜひ最後までお付き合いください。
目次
食感と香りをどう閉じ込めるかがフルーツの「製法」の鍵
バタークリームの水分や油分と隣り合っても、フルーツがその個性を失わないようにするため、職人は様々な「製法」を使い分けます。
① ドライ(乾燥)
最も古典的で、フルーツの「凝縮された甘みと旨み」を引き出す製法です。水分を抜くことで日持ちが良くなるだけでなく、食感のアクセントにもなります。
■特徴: 強い歯ごたえ(シャキシャキ、ねっとり)と、凝縮された味わい。
■代表例: レーズン、クランベリー、いちじく、アプリコット、干し柿。
いちじくをあえてドライではなく蜜漬けにした「バターサンド TONOWA いちじく」は日本のいちじくが持つ本来の風味を最大限に引き出し、かつバターサンドに最適な食感を実現するためです。
神戸産いちじくは水分が多くジューシーですが、ドライフルーツにすると風味が薄くなり、バターサンドの食感に合わない硬さになってしまう傾向があります。
そこで蜜漬けという手法を採用しています。蜜漬けにすることで、いちじくの味を濃縮し、ドライでは得られないみずみずしい風味と、やわらかさを保ちます。
さらに、蜜漬けしたいちじくを、グランマルニエ(オレンジのお酒)と一緒に炊き上げ、水分を極限まで飛ばすという独自の手間をかけています。
これにより、単に乾燥させるだけでは実現できない、奥深い香り付けと、バタークリームと一体化するほどよい食感を生み出しているのです。この製法こそが、TONOWAバターサンドの豊かな味わいを支えるこだわりです。
② マセラシオン(洋酒漬け)
ドライフルーツをラム酒やブランデーなどの洋酒に漬け込む技法。バターサンドの世界では「ラムレーズン」が代表格です。
■特徴: フルーツを柔らかく戻すと同時に、洋酒の芳醇な香りを染み込ませ、「大人の味わい」を演出します。バタークリームの乳製品臭をマスキングし、全体の風味をリッチに格上げします。
■代表例: レーズン、いちじく、チェリー、オレンジピール。
③ コンフィ(砂糖漬け) / ピール
果皮(ピール)を砂糖で煮詰め、糖度を高めて保存性を上げたもの。特に柑橘類で多用されます。
■特徴: 「爽やかな香り」と「ほのかな苦味」が、バタークリームの濃厚さや甘さを引き締め、後味をスッキリさせます。
■代表例: オレンジピール、レモンピール、柚子ピール。
TONOWAバターサンドー瀬戸内レモンーとTONOWAバターサンドー淡路島なるとオレンジーの2種類は②マセラシオンと③コンフィの製法を同時に使用した珍しい商品です。
「TONOWAバターサンドに用いるレモンとオレンジは、「砂糖漬け(コンフィ)」と「洋酒漬け(マセラシオン)」の二重の工程を経ることで、その風味と食感を最大限に引き出しています。
まず、砂糖漬け(ピール作り)では、皮が持つ独特のえぐみ(苦味ではない、邪魔になる風味)を取り除くため、何度も熱湯で炊き直すという、大変な手間をかけています。
次に、このピールをグランマルニエ(オレンジのお酒)に一晩だけ漬け込みます。これは、洋酒をクリームに混ぜ込むと風味がぼやけてしまうのに対し、ピール自体に含ませることで、噛んだ時にしっかりとした香りの広がりとアクセントを生み出すためです。
また、洋酒漬けは、硬くなりがちなピールを少し柔らかくし、食感をマイルドにする効果もあり、バタークリームとの一体感を高めています。この独自の製法が、TONOWAのバターサンドの洗練された味わいを支えるこだわりとなっているのです。
④ コンポート / ジャム / ガナッシュ
フルーツをシロップで煮たり(コンポート)、ペースト状にしたり(ジャム)、チョコレートと合わせたり(ガナッシュ)する製法です。
■特徴: 生の果実のような「みずみずしさ」や「フレッシュな酸味」をバターサンドの中に閉じ込めることができます。クリームに練り込むだけでなく、中心に「ソース」として注入することで、味わいの変化を生み出します。
■代表例: 苺、桃、りんご、キウイ、カシス。
TONOWAバターサンド – 東京ブルーベリーーは、「ダブルコンポート」とも称される独自の二重の製法を用いています。
当社のブルーベリーは、単にジャムを作るだけでなく、「ジャム」と「パート・ド・フリュイ(ゼリー状のもの)」の二種類の製法を組み合わせています。これは、シロップで煮詰める工程(コンポート)を二つ組み合わせることに近いです。
この手間をかけることで、ブルーベリー本来のみずみずしさと風味を最大限に濃縮しつつ、異なる二つのテクスチャー(食感)をバタークリームの中で表現しています。この製法こそが、TONOWAのバターサンドの豊かな味わいを支える、複雑で洗練された口当たりを生み出すこだわりです。
フルーツの選択が語る、作り手のメッセージ

バターサンドにおけるフルーツの選択は、単なる味のバリエーションではありません。それは、作り手が「誰に」「どんなシーンで」このお菓子を届けたいか、という明確なメッセージそのものです。
例えば、バターサンドの王道として知られる「レーズン」。
ラム酒にじっくりと漬け込まれ、芳醇な香りをまとったレーズンは、バタークリームの乳製品臭をマスキングし、全体をリッチな「大人の味わい」へと昇華させます。これは、お酒が好きな方や、奇をてらわない上質な手土産を求める層に向けた、揺るぎない「定番」という名のメッセージです。
これに対し、近年急速に存在感を増しているのが、「苺」や「さくらんぼ」といった華やかなフルーツたちです。これらの魅力は、何と言ってもその「甘酸っぱさ」と「見た目の美しさ」。クリームがほんのり美しい色に染まり、カットした断面が愛らしいバターサンドは、トレンドに敏感な女性や、SNSを通じて感動を共有したい若年層の心を強く掴みます。
「あまおう苺」や「山形県産さくらんぼ」といったブランド産地を冠すれば、それは「今だけの特別なギフト」という、季節感を伴ったメッセージへと変わります。
一方で、バタークリームの濃厚さが少し苦手、という層に響くのが、「柑橘類」です。レモン、オレンジ、甘夏などが持つ鮮烈な「酸味」と「爽快な香り」、そしてピール(果皮)がもたらす「ほのかな苦味」は、バターの重さを感じさせない洗練された後味を生み出します。
「瀬戸内レモン」のように産地にこだわれば、そこには爽やかな風景も浮かぶようなストーリー性も加わります。甘すぎるお菓子を敬遠しがちな男性や、食にこだわるグルメな層に向けた、「洗練」というメッセージが込められています。
さらに、食通やリピーターを唸らせるのが、「いちじく」や「ぶどう山椒」といった、一見意外な組み合わせです。いちじくの持つ独特のプチプチとした食感や、山椒の痺れるようなスパイシーな香りをあえてバタークリームに合わせる。これは、定番に安住しない専門店の挑戦であり、「他では味わえない体験」を求める層への職人の挑戦といっても良いかもしれません。
フルーツを覚醒させる職人技、香りのレイヤリング

職人は、フルーツの個性をさらに引き出すため、巧みな「香り」の掛け合わせ(レイヤリング)を行います。フルーツ単体で勝負するのではなく、それを支え、時には思いがけない方向へと導く香りを重ねるのです。
その代表格が、レーズンにおけるラム酒のような「リキュール(洋酒)」の存在です。例えば、いちじくにはラム酒やブランデーを合わせて芳醇さとコクを深めたり、柑橘類にあえてオレンジリキュールを加え、香りの奥行きを何層にも広げたりします。時にはエルダーフラワーのようなフローラルなリキュールを使い、マスカットのような高貴な香りをまとわせることもあります。
リキュールだけではありません。「スパイス」もまた、フルーツのポテンシャルを覚醒させる重要なパートナーです。りんごやいちじくには甘さを引き立てるシナモン、柑橘類とは抜群の相性を見せる高貴な香りのカルダモン、キウイの甘さをキリッと引き締めるジンジャー(生姜)。これらのスパイスは、バターサンドの味わいを凡庸な「甘いお菓子」から、記憶に残る「一皿のデセール(デザート)」へと格上げします。
当店の、2025年の第28回全国菓子大博覧会において、農林水産大臣賞を受賞した「TONOWA バターサンド ーオリーブー」は、カクテルの王様・マティーニをあえてバターサンドにもってきたこだわりの一品です。
このように見ていくと、バターサンドにおけるフルーツは、もはや単なる「具材」の一つではないことがわかります。
それは、「製法」(ドライ、コンポート、ジャムなど)によって味わいの方向性をデザインされ、「産地」のストーリーと、「香りづけ」によってその個性を最大限に際立たせられた、作り手の哲学そのものです。
まとめ
今回の記事で、バターサンドとフルーツが織りなす職人のこだわりとストーリーを少しでも垣間見ていただければ嬉しいです。
もし、次にバターサンドを手に取るとき、「なぜ、今このフルーツが使われているのか?」と、その背景に思いを馳せてみてください。その一口に込められた職人のメッセージ、そのお菓子が持つ「顔」が、きっと見えてくるはずです。


